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株式会社パーソナック
代表取締役
鈴木 昇
2浪・1留年の後、25歳で中央大学文学部独文学科卒業。一番給料が高い会社を探し、横浜の宝石会社に入社。その後、居酒屋勤務を経て、サクラカラー(現・コニカカラー)系列会社に13年勤務。独立しプロの写真現像所を立ち上げるも、タダで事業を売却。その後人材派遣会社に転職。2年後に独立し、平成10年に株式会社パーソナックを設立。
2浪・1留年の後、25歳で中央大学文学部独文学科卒業。一番給料が高い会社を探し、横浜の宝石会社に入社。その後、居酒屋勤務を経て、サクラカラー(現・コニカカラー)系列会社に13年勤務。独立しプロの写真現像所を立ち上げるも、タダで事業を売却。その後人材派遣会社に転職。2年後に独立し、平成10年に株式会社パーソナックを設立。
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社長の歴史
困難を乗り越え、仲間と共に成長を支える。
私は、最初の頃は給与が少なく、生活費や子どもの教育費が心配でした。特に家族を養うことへの不安がありました。そのため、自分の事業を持つという決意を固めました。最初は思うようにいかず、給料も下がりましたが、仲間と共に頑張ることで次第に成果が見えてきました。しかし、売上が3億6千万に減少した時期、私は立ち止まることなく、むしろ内向きにならず広い視野を持ち続け、積極的に外部との関わりを深めました。その結果、困難を乗り越える力がつき、次第に事業が回復していきました。
そして、パーソナックを設立し、人材派遣業界で成功を収めることができたのも、この覚悟を持ち続け、仲間と一緒に挑戦し続けたからです。事業の拡大とともに、私たちは社員一人一人の成長を支えることを目指し、社員教育や適切な支援体制を整えてきました。このように、困難な時期でも決して諦めずに前向きに進み続けたことで、今の成果が実を結びました。 -
社長の想い
社員の成長を支えるプラットフォームを築く。
当社がまだ3〜4%の利益しか出せなかった頃から、ずっと研修・教育をしたいと思っていました。ようやく費用を捻出できるようになったことで、教育制度の導入に至っています。さまざまな派遣会社を見ていますが、当社が生き残るためには、真面目にちゃんとやることが大事。特にコロナ禍後は、人を右から左に移してお金を儲ければいいといった考え方では、やっていけない時代になりました。だからこそ、今いる社員が永続的に生きていくための、プラットフォームづくりに努めています。 ただ、今は、いいものをつくれば売れる時代ではありません。当社の事業は商品の売買ではありませんが、注目していただく必要があることを強く感じています。
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社長の目標
ロボット派遣で単純作業を効率化。
現在、右から左へものを動かすような単純作業に対しては、ロボット派遣ができるよう、社内で勉強中です。目指しているのは、中小企業に向けた、導入するためのノウハウ提供。単純な仕事は、単価も安いため、パーソナックでは派遣できません。20年後を考えると、単純作業はロボットに任せ、知的分野に対して人を派遣し、利益をいただくことが方向性としては正しいのではないかと思っています。すでに配膳ロボットに関しては導入済みです。5年後には、ロボット派遣を当たり前の選択肢にしたいですね。
取材日:2023年05月